「洪仲丘事件」-台湾で25万人が抗議デモに参加-

投稿日:2013-08-05 - 投稿者(文責):mumeijin

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洪仲丘事件(*)の真相究明、軍内改革、そして反馬英九などを訴える抗議行動が台北で3日夜に行われた。洪仲丘事件に関する大規模抗議は今回で二度目である。

主催団体の「公民1985行動聯盟(Citizen 1985)」の発表によると参加者25万人、警察発表でも11万人。実数がその間であったとしても大規模なものであった。参加者は除隊直前に上官からの理不尽な行為によりこの世を去らなければならなかった洪仲丘氏に対する弔意を表すため、また「真実」を意味する白色丁シャツを着用(「白衫軍、衫=Shirt」と呼称)している。参加者には徴兵を経験する若者が多く、血を流す大きな瞳が描かれた紙を掲げ「真相が明らかにならなければ許さない」「馬英九、辞任しろ」という怒号も上がっている。

「公民1985行動聯盟」は洪仲丘氏の二週間後(7月20日)には台北で「公民教育召集-仲丘に正義を」と題した抗議活動を主催。この時には3万人の市民が参加しており台北中心部の国防部庁舎を取り囲み抗議を行っている。そして洪仲丘事件の真相を明らかにする為に楊念祖国防部副部長(副大臣)に対して主催者代表から独立調査機関が加わることなどを求める要請文が提出されている。この時には国防部の楊念祖副部長(副大臣)に対して主催者から独立調査機関が加わることなどを求める要請文が提出されている。

日本のメディアは頻繁にアラブ諸国やギリシャでのデモを報道してきたが、今回の台湾抗議デモに関する報道は不思議に控え目といえる。

当初この事件を報道したのは毎日新聞(7/17)だけであったようで、その後も報道は増えず大規模抗議活動の様子が新聞紙上やインターネット・ニュースに申し訳程度に報道されるだけであった。公共放送局NHKに到っては黙殺である。台湾では「民衆が自発的に参加した社会運動では空前の記録」と特記される程の大規模抗議であり、とりわけ粛軍を求める抗議行動としては過去最大となっている。そういう点からも日本の報道機関のニュースに対する優先順位に関しては以前から理解し難いものがある。

なお馬英九政権は事件の後、突如閣僚7人を交代させる内閣改造を発表(7/29)。洪仲丘事件に対する批判を逸らすためにその中には、高華柱 国防部長(国防相)の更迭も含まれている。なお8月1日付けで文官出身の楊念祖氏(前述)が新国防部長に就任している。


[2013/8/3]
台湾総統府前の凱達格蘭大道と中山南路の交差する景福門周辺を埋め尽くす抗議者(白衫軍)
これだけの参加者にもかかわらず整然とした抗議活動である事が判る。だが日本での報道は非常に小さな扱いであった。

2013/08/03 公民1985 公民覺醒 最後演說(完整)

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(*)洪仲丘事件

台中市出身の洪仲丘氏は昨年夏から一年間の中華民国陸軍において兵役義務に就いていた。階級は下士、伍長に相当するという。

6月末「軍規で禁止されていたスマートフォンを基地内に持ち込んだためのシゴキ」とされている。しかしこれは単に難癖であり、当初から「過度な訓練による死亡ではなく、意図的な虐待による故殺」「腐敗した軍内部の体制を指摘した為に、軍上層部により殺された」という意見が出されている。

その後1.6m四方の「禁閉室」と呼ばれる懲罰室に押し込められた洪氏は日中気温33度前後の猛暑の中、屋外でランニングや腕たて伏せなど猛訓練を行わされ、殆ど水分補給も許されなかったという。6日目となる7月3日に洪仲丘氏は意識不明となり翌日病院で死亡。兵役期間終了日は7月6日であったので勇退わずか二日前の事であった。洪仲丘氏は台南の名門 成功大学出身で除隊後には大学院進学予定であった。24歳になったばかりの若すぎる早すぎる死、無念であっただろう。
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国防部では責任者など36名の処分を発表、調査に乗り出したが、軍当局の対応や証拠品となる撮影された動画が〝紛失”したことなどに不満が噴出しており、20日には馬英九総統が洪仲丘氏の家族を訪ね、責任の徹底追及など今回の事件を重く受け止める姿勢を示した。

また4日に執り行われた洪仲丘氏の告別式にも馬英九総統は出席したものの洪仲丘氏の友人、抗議者300名に取り囲まれ罵声を浴びせかけられるという一幕もあった(下の「洪仲丘告別式 馬總統被嗆聲」動画)。漸く馬英九総統が焼香を行った後も、握手を求めた洪仲丘氏の姉から素気無く拒絶されるなど遺族の国防部及び馬政権に対する怒りは治まっておらず、支持率低迷(直近調査で13%)の馬英九政権の更なる難題となっている。

なお台湾の国軍の正式名称は中華民国軍である。その前身は中国国民党軍で党直属の軍隊であった。人民解放軍が中国共産党という独裁政党の軍隊であるのと同じく、台湾における一党独裁政党であった国民党の私軍であった事になる。そのため将校の国民党加入義務が規定され、高級幹部の多くが大陸出身者で占められていた時期がある。党軍が国軍に移行されたのは陳水扁民進党政権期(2000-2008)であり、この時国軍化が明言された。

洪仲丘告別式 馬總統被嗆聲-民視新聞


【追記】
洪仲丘事件により8月1日に新任されたばかりの楊念祖先国防部長は6日辞任を表明。
「過去に発表した論文に他人の論文を登用した疑惑が指摘されていた」のが理由だという。

[参照]産経新聞8月7日(水)朝刊 大阪本社版


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