パッケージに「皇族 ROYAL FAMILY」と有りますが、royal familyは日本語では「王族・王室」です。日本の「皇族・皇室」は英語圏では「(the Japanese )Imperial family」と表記され、天皇陛下は His Majesty The Emperorです。日本は王国(Kingdom)では有りませんので、天皇は当然、His Majesty the Kingでもありません。昭和10年に国号が「日本国」から「大日本帝国」へと改称され、昭和22年に大日本帝国憲法から日本国憲法に変わるまで日本は内外に大日本帝国を公称していました。神道の祭祀王(Priest king)という権威の源泉とされ世俗の権力から程遠い天皇が、支那やロシアの皇帝を意味するEmperor とされたのは、明治6(1873)年に英国女王からの「His Imperial and Royal Majesty The Mikado Japan」を日本の外務省が「皇帝陛下」と翻訳した事に由来するそうです(山口修著『天皇』による)。そして1975年(昭和50)に社会主義革命によるエチオピア皇帝ハイレ・セラシエ1世の廃位の結果、日本の天皇が唯一のEmperorとなりました。Mikado(御門)を皇帝を表すEmperorとする事が的確であるのかは疑問ですが、当時の西欧列強に対する一種の示威的な表現であったとも言われているようです。
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鳳梨はパイナップル、酥は本来「ふっくらとして柔らかい」を意味する言葉だそうで、鳳梨酥(フォンリンスー)は日本語でパイナップル・ケーキとして知られています。
多くの製造元が鳳梨酥を作っていますが、先日台灣人のK君から頂いた鳳梨酥の銘柄は「皇族」。3種類の鳳梨酥をお土産に頂いたのですが・・・どれも美味しかった!その中でも、この皇族印の鳳梨酥は甘味が控え目なのもあり瞬く間に空となったのでした。
台灣中部南投県南投市に所在する家會香食品股份有限公司という会社が製造しています。この会社の食品ブランドが「皇族」です。会社のホームページには、「日式」の商品が多くあるようです。
家會香食品股份有限公司HP http://www.royal-family.com.tw/
パッケージに「皇族 ROYAL FAMILY」と有りますが、royal familyは日本語では「王族・王室」です。日本の「皇族・皇室」は英語圏では「(the Japanese )Imperial family」と表記され、天皇陛下は His Majesty The Emperorです。日本は王国(Kingdom)では有りませんので、天皇は当然、His Majesty the Kingでもありません。昭和10年に国号が「日本国」から「大日本帝国」へと改称され、昭和22年に大日本帝国憲法から日本国憲法に変わるまで日本は内外に大日本帝国を公称していました。神道の祭祀王(Priest king)という権威の源泉とされ世俗の権力から程遠い天皇が、支那やロシアの皇帝を意味するEmperor とされたのは、明治6(1873)年に英国女王からの「His Imperial and Royal Majesty The Mikado Japan」を日本の外務省が「皇帝陛下」と翻訳した事に由来するそうです(山口修著『天皇』による)。そして1975年(昭和50)に社会主義革命によるエチオピア皇帝ハイレ・セラシエ1世の廃位の結果、日本の天皇が唯一のEmperorとなりました。Mikado(御門)を皇帝を表すEmperorとする事が的確であるのかは疑問ですが、当時の西欧列強に対する一種の示威的な表現であったとも言われているようです。
写真は、大正12年(1923)4月、皇太子殿下(後の昭和天皇)の台灣御行啓の時のもの(現在の台北市士林区延平北路とされる)

皇太子殿下の台灣御行啓についてはこちらが簡潔です。
日台交流センター「昭和天皇 皇太子時代の台湾訪問 関東大震災」
http://www.koryu.or.jp/center/ez3_contents.nsf/06/1D22676173547A6949256EBA003BCBD8?OpenDocument
大正12年4月建立 皇太子殿下御渡渉記念碑(平成22年10月17日、同姓異人の台灣人K君の撮影)、場所:台北市北投区光明路244 北投温泉 瀧乃湯 敷地内。台灣独立建国運動(*1)に積極的に参加し、なおかつ怜悧な思考の持ち主であるK君が来年の「中華民国」総統選挙を前に冗談めかして「歡迎日本軍事佔領台灣」「歡迎日本恢復對台行使主權」と提唱していました。ここに台灣人が置かれている中国国民党の親中傾斜に対する強い忌避感と日本に対する期待の様なものを感じるのです。いまも台灣と台灣人に桎梏として存在する外来体制「中華民国」。
(*1)台灣独立とは中華民国(中国)体制からの独立を意味し、中華人民共和国からの独立を意味しない。台灣は中国共産党(中華人民共和国)の支配下となった事は一度としてないからです。
戦後、皇族による台灣への行啓は残念な事に途絶えましたが、皇胤としては竹田宮家御出身の竹田恒泰先生が当地で歓迎を受けられた事が知られています。
『台湾は日本の生命線』「竹田恒泰氏を歓迎した台湾人の心」http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1103.html
写真は、平成21年(2009)5月16日、大阪市内で開催された日台友好記念大会でのもの。左から曽根憲昭 台灣民政府副主席(現)、竹田恒泰先生、西村眞悟衆議院議員(当時)
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