【参加】 ⑤DOĞU TÜRKİSTANA JAPON HALKINDAN DESTEK at Osaka /第9回大阪 東トルキスタン支援デモ(東突厥斯坦支援示威遊行)大阪『第9回東トルキスタン(東突厥斯坦)支援』デモ【7月3日(日)】
投稿日:2011-07-03 - 投稿者(文責):mumeijin
この日のデモ行進にはモンゴル自由連盟党の方も御参加されました。当日の気温は31.5/25.4℃、湿度74% 大阪市内は直前まで激しい降雨でしたが、それも止み却ってやや涼しくなりました。参加者は総勢40名程でしょうか。蒸し暑い夏の折角の休みの日、この40名の日本人は隣国で自由を求め過酷な状況下で中国共産党に対し異議申し立てを行なったウイグル民族・南モンゴル人の自由や権利の為に参加している。それをふと考えた時、私は今年2月にお会いした『Bike for Taiwan in Japan隊』林一方氏が大阪駅前で、関西各地から駆け付けて下さった日本人支援者に対し語った言葉を思い出すのです。
この日のデモ行進にはモンゴル自由連盟党の方も御参加されました。当日の気温は31.5/25.4℃、湿度74% 大阪市内は直前まで激しい降雨でしたが、それも止み却ってやや涼しくなりました。参加者は総勢40名程でしょうか。蒸し暑い夏の折角の休みの日、この40名の日本人は隣国で自由を求め過酷な状況下で中国共産党に対し異議申し立てを行なったウイグル民族・南モンゴル人の自由や権利の為に参加している。それをふと考えた時、私は今年2月にお会いした『Bike for Taiwan in Japan隊』林一方氏が大阪駅前で、関西各地から駆け付けて下さった日本人支援者に対し語った言葉を思い出すのです。
社会の中のごく一部の人が、何かを始める。それが広がり全体に影響を及ぼしていく。
皆さんの心に留めて欲しいのは、ごく僅かの人であっても独立(インデペンデント)の気持ちをもって物事を考える事が出来れば、それによって夢を掴み取る事が出来る。一部の人達が夢を掴みとろうと努力を始める事が、全体(の人達)が目標に向かって大きく広がっていく事に繋がる。
今回の様に殆どの人達が無関心であっても、ここにいる人達をみると、あなた達の様にそれぞれが自分で考えて活動してくれている。その事によって全体を変えていく事が出来る。状況を変えるのはあなた方なのだ。
折りに触れて私はこの言葉を思い出します。初めて出会った彼ら有志の方々は勇気と情熱を持つち、そして親切なひとびとでした。恐らくその反対の有りようが冷笑主義、そういったものなのだろうと思う。
【写真左から】

ハラノド・バトスへ(Haranud Batusuhe)モンゴル自由連盟党日本支部宣伝部長
手嶋剛(きなの会会長)
中曽千鶴子 日本シルクロード科学倶楽部副会長
手にする旗は左がモンゴル自由連盟党党旗、右はソユンボ旗(モンゴル人にとっての「日の丸」と表現されている方がおられました)。共産主義時代のモンゴル人民共和国の国旗にもソユンボが描かれています。
①第9回大阪 東トルキスタン支援デモ(東突厥斯坦支援示威遊行)
②第9回大阪 東トルキスタン支援デモ(東突厥斯坦支援示威遊行)
③第9回大阪 東トルキスタン支援デモ(東突厥斯坦支援示威遊行)
④第9回大阪 東トルキスタン支援デモ(東突厥斯坦支援示威遊行)
⑤第9回大阪 東トルキスタン支援デモ(東突厥斯坦支援示威遊行)
⑥第9回大阪 東トルキスタン支援デモ(東突厥斯坦支援示威遊行)
⑦第9回大阪 東トルキスタン支援デモ(東突厥斯坦支援示威遊行)
⑧第9回大阪 東トルキスタン支援デモ(東突厥斯坦支援示威遊行)
⑨第9回大阪 東トルキスタン支援デモ(東突厥斯坦支援示威遊行)
⑩第9回大阪 東トルキスタン支援デモ(東突厥斯坦支援示威遊行)
⑪第9回大阪 東トルキスタン支援デモ(東突厥斯坦支援示威遊行・完)
7・5ウルムチ事件とは?
2009年(平成21)6月下旬、広東省の玩具工場で漢人従業員100人以上がウイグル人従業員を襲撃しウイグル人2名が死亡。この事件が契機となり7月5日夜「新疆ウイグル自治区」区都ウルムチ市でウイグル人が3千人規模の平和的なデモを行っていたが武装警察が阻止衝突した。その後ウルムチ市内は実質戒厳令下となり死者二百名、二千人以上が拘束される事態となり一方の漢人側も7日に一万人の群集がデモ行進を行い一部が街頭のウイグル人商店を襲撃するなど、両民族間の抗争が激化した。
多数の死傷者を出したウルムチ事件をめぐり、欧米や日本のみならずイスラム圏でも抗議が行われている。同じチュルク系民族そしてムスリムであるウイグル人と関係が深いトルコではエルドアン首相が「虐殺が起きている」と中国を批難。閣僚による中国製品ボイコット呼び掛けも行われた。世界最大のイスラム国家のインドネシアでは中国大使館前で反中行動が行われるなどしたが、あくまで民衆レベルの抗議活動であり、経済関係を重視する各国による制裁が行われる事はなかった。
ウイグル人の土地である東トルキスタンでは1933年と1944年に「東トルキスタン共和国」が独立宣言を行なったが、人民解放軍の進駐により1955年に新疆ウイグル自治区として中国に併合された。なお「ウイグル」とはウイグル語で「団結・連合」を意味する言葉との事です。
世界を震撼させた「新疆ウイグル自治区」ウルムチでの虐殺事件を報じる当時の新聞