9月, 2014年
『田母神戦争大学』出版記念パーティー&太陽の党【9月25日、於 明治記念館】
この日のパーティーは『田母神戦争大学』(閣下の50冊目の著書)の出版記念パーティーのはずが、タイミング良く同日「太陽の党」発足と重なり二重の喜びに会場は熱気に包まれていました。
西村眞悟先生とタッグを組まれた事は、私達にとってはなんとも心強い党の誕生な訳ですが、殆どの国民にとっては「とんでもない危険な政党 」としか映らないかも知れません。
私達の仕事はこの大多数の世論とそれを煽るマスコミから、登り始めたばかりの太陽を沈ませないように戦って行くことなんじゃないかと、決意を新たにした1日でした。
●太陽の党 公式サイトhttp://www.taiyounotou.jp/
田母神氏、西村眞悟氏が「太陽の党」結成を発表(産経ニュース/2014.9.25 14:31)
元航空幕僚長の田母神俊雄氏と西村真悟衆院議員(無所属)は25日午後、国会内で記者会見を開き、新党「太陽の党」の結成を表明した。西村氏が代表、田母神氏は代表幹事兼国民運動本部長にそれぞれ就いた。当面、国会議員は西村氏1人だが、次期国政選で党勢拡大を狙う。会見には次世代の党の石原慎太郎最高顧問も同席した。
新党は石原氏が代表を務めていた「太陽の党」を継承する形で運営する。主要政策としては、(1)憲法廃棄と自主憲 法制定(2)国軍の創設、拉致被害者の救出(3)真の歴史観主張と日本の名誉回復(4)家族の復活、移民受け入れ反対、外国人参政権反対(5)原発再稼 働、消費税10%凍結、相続税廃止-を掲げた。

[照片](左→右)
田母神俊雄(Tamogami Toshio),西村眞悟(Nishimura Shingo)眾議院議員,石原慎太郎(Ishihara Shintarou)次世代黨最高顧問
25日下午,日本知名右派大老,前航空自衛隊幕僚長(參謀長)田母神俊雄(Tamogami Toshio)與西村眞悟(Nishimura Shingo)眾議院議員(無黨派)在國會內召開記者招待會,表明了石原新黨「太陽黨」繼承。主要政策(1)美國製「日本國憲法」廢棄與自主憲法制定 (2)創設日本國軍,救出被北韓綁架的日本人(3)主張真正的歷史観與恢復日本國名譽(4)復活家庭團體,反對接受外國移民,反對外國人在日本參政(5) 重啟核電站,凍結消費税増至10%,廃除繼承税。次世代黨與太陽黨的政治理念很好地相似。因此將來次世代黨(國會議員數23名/平沼赳夫 (Hiranuma Takeo),石原慎太郎(Ishihara Shintarou)們)與合作還是合併嗎?以前西村議員在大阪難波演說了「國民黨政權是反日勢力」,他是日本國會議員非常稀少台灣通。次世代黨比自民黨 日本本土派政黨,因此次世代黨與太陽黨相似台聯的立場(可是核電站問題不同)
お疲れのところ写真撮影に応じて下さった眞悟先生と田母神閣下

田母神俊雄(太陽の党代表幹事兼国民運動本部長) 西村眞悟 太陽の党 代表

(左)玉田真美子さん
【訃報】松井 光彦(Matsui Mitsuhiko) 本会副代表
22日午前5時7分、本会副代表・松井光彦氏は食道癌のため逝去されました。享年五十七歳。
ここに謹んで御冥福をお祈り致します。
御家族の御希望により家族葬となるとのことです。
昭和32年生まれの松井氏は年齢よりも遥かに若かった。
その青年のような風貌だけではなく、精神や行動が若々しかったからだ。
年齢を重ねる毎、人は夢や理想から少しづつ遠ざかっていく。現実に妥協し、それを良しとする。多くの人はそうだ。しかし彼は違っていた。松井光彦は即断即決の行動家であり、独立心旺盛、そして世の横暴、不正や理不尽さを憎むこと、青年の様な瑞々しい精神があった。
彼との出会いは、北京オリンピックの為に行われた平成二十年四月中国共産党政府の「長野聖火リレー」に対する抗議運動であった。翌五月、胡錦濤中国国家主席来日に際しては日比谷公園前で共に抗議活動を行っている。彼を突き動かしたのはチベット、ウイグル人といった立場の弱い少数民族に対する思い遣りと中国共産党の暴力に対する怒りであった(*)。その後、関西で自然と行動を共にしていくうち、台湾独立運動への関心を共有していることに気付き、彼とともに平成二十二年(2010)一月に台灣建國應援團を結成した。
結成翌月、第一回訪台。松井さんが計画や準備をすべて担当した。彼は集中力があり、事務能力が高く、何より行動が迅速だった。彼の発案で2月27日に「二二八事件六十三周年追悼デモ行進」に参加。黄昭堂台湾独立建国連盟主席や蔡英文民進党主席らとお会いする事が出来た。翌日は龍山寺前の「二二八事件追悼行事」に参加。大規模な式典であったが、王獻極台湾国運動総会長の御好意により、松井さんが日本人の立場から台湾独立への応援演説を行っている。彼の演説の特徴は情緒を排除した理知的なものであった。それでも聴衆から大きな歓声と拍手が上がった、これこそが松井さんの真骨頂であった。その後台北駅前で「日本支持台湾独立建国」の横断幕を掲げるアピールを行った時は、幾度か在台中国人らから妨害に遭遇した。しかし松井さんはその様子を面白がってビデオカメラで記録していたものだ。台湾滞在中は朝早くから台北市内を散策していた。彼は何もしないのが苦痛かのように精力的であった。また何より台湾の古い街並みや台湾料理が大好きだった。台湾での彼との想い出は尽きる事がない。
居を関西から名古屋に移した後は、音楽活動にも没頭して、2012年1月の総統選挙前には台湾を応援する楽曲『Beautiful Formosa』を提供してくれた(なお当時、台灣建國應援團は総統選挙の現地視察のために会員を派遣しており、それだけに蔡英文氏敗北には大変失望したものだ)。それでも彼は「台湾独立はいずれ成就されるよ」「総統府に台湾旗が掲揚されるのを見たいね」と穏やかに語っていた。
幽明境を異にして、台湾の将来について彼と話すことは叶わない。だがそういった感傷と最も無縁な男であったのが松井光彦だった。困難を前にした時、自己憐憫に浸る様な事はなく、常に解決策を見出すために尽力する。そういう物事に対する前向きさを彼には常に感じた。
早すぎる死は悲しく残念でならない。
だが我々は、彼との別れを受け入れなければならない。別離の寂しさを乗り越え、彼のためにも明朗とした心持ちでいたい。
俯(ウツム)いたままの姿勢でいるというのは、奮闘家・松井光彦が最も望まないものなのだから。
あなたの念願であった台湾建国の意志を引き継いでいきたい。
感謝 松井さん
再見 松井光彦

平成22年(2010) 2/28 龍山寺前で台湾独立への応援演説を行う松井副代表(中央)

平成22年(2010) 11/20
頑張れ日本!全国行動委員会主催『中国の尖閣諸島侵略糾弾!全国国民統一行動 in 大阪』
第五梯団を統率した松井光彦氏
(*)松井光彦氏の平成20年(2008)頃のYahoo! blog『日台友好!加油!台湾』
http://blogs.yahoo.co.jp/licorice_kanzou
(本項、田邊憲司 記)
【9/20(土)】「李登輝先生 来日講演会 大阪会場編」動画紹介
李登輝前總統 2014 大阪演說 「 これからの世界と日本(未來的世界與日本) 」
獨立媒體影音:
https://www.youtube.com/watch?v=n0fat1iyK1k
産経新聞 大阪版
平成26(2014)9月21日(土)
大阪講演
定員1600名、実際には1661名が出席(日本李登輝友の会メルマガ日台共栄Vol.2221)で李登輝先生の講演会で過去最大規模であったそうである。
【日時】平成26年9月20日(土)18時~20時
【会場】大阪府立国際会議場3階イベントホールA及B
【主催】日本李登輝友の会
1600名の参加者で埋め尽くされた会場、李登輝先生の講演は通訳を介さず、直接端正な日本語で語られていたので、我々日本人には大変有難かった。日本側国会議員には中山成彬衆議院議員(次世代の党)、西村眞悟衆議院議員(無所属)、杉田水脈(スギタ ミオ)衆議院議員(次世代の党)を確認出来た。また自衛隊関係者の出席も多かったそうである。
以下は、黃昆輝 台灣團結聯盟主席がfacebookに掲載した漢文による講演内容全文。
【李登輝演講全文】
日本李登輝之友會的中西輝政副會長,執行委員會的辻井正房委員長及諸位委員,還有蒞臨會場的各位,晚安!
今天受到日本李登輝之友會的邀請,睽違五年再度訪日,能夠向這麼多與會來賓發表談話,感到非常榮幸。
而且,內人與兩個女兒今天也來到會場。我決定到日本的時候,兩位女兒認為「父親與日本的緣分這麼深,卻連一次也沒有陪父親赴日」,所以九十一歲才帶著女兒來到日本。
七十年前,我在京都帝國大學唸書時志願入伍,服役於大阪第四師團,終戰時擔任帝國陸軍少尉。不只是緬懷當時,現在的街道和戰時的景象完全不同,令我感到非常驚訝。
今年六月,我在WEDGE月刊刊載《李登輝送給日本的話》,第一章標題定為「日本的新生」。因為安倍晉三總理再度拜相,令人有所期待,感覺這二十年來,長期在政治經濟上持續低迷的日本,復甦光茫在望。
今年七月,安倍首相果斷決定容許集體自衛權的行使,美國立刻發表歡迎的聲明。我,李登輝也大表歡迎。
這就是導正日本戰後長期以來不正常的狀態,邁向新生的第一步。對於安倍首相的果斷決定,個人由衷表達敬佩之意。
說來驚奇,明天正是安倍首相的生日,謹由衷表達來自台灣的祝福,並期待安倍首相更加活躍。
身處這個混亂的國際社會,現在的日本應該如何因應?做為對日本有所期待的友人,我有些話要說。
第二次世界大戰結束,美國強化身為唯一超級強權的存在感,做法是避免經濟上的失敗,展現在急速的經濟成長上。一九九一年蘇聯瓦解,從東西冷戰獲勝以來,美國就一直呈現出單極霸權國家的樣貌。
然而,二〇〇一年九月發生的九一一恐怖攻擊事件,突然改變了過去的國際秩序,這個大事件可說預告了美國單極稱霸時代的終結,以及國際社會開始陷入渾沌時代。
同時期頻繁發生的恐怖攻擊事件,也對金融方面造成衝擊,持續低迷的美國經濟,二〇〇八年因雷曼衝擊(Lehman shock)遭受決定性的打擊,美國已經喪失單獨牽引世界的力道了。
不僅如此,當景氣對策成為要務,美國的國內輿論也轉為「領導人對內政應該比外交投注更多心力」的對內傾向,美國發揮主導全球的功能已經遭遇瓶頸了。
過去是美國和日本等先進五國,所謂的G5在推動世界經濟,後來變成G7召開高峰會來決定世界走向。發揮領導功能的是美國,再來,俄羅斯則從一九九七年起加入,變成G8。
但是,因為二〇〇八年的金融危機,號稱先進國家的各國實力盡失。取而代之的是,中國、印度、巴西等經濟成長顯著、發言份量漸增的新興國家。而且,加上這些新興國家,G20終於成為國際政治上引發論戰的議題。
這種國際秩序的多樣化,能夠取代美國、承擔統御全球能力並擁有經濟實力的國家或組織,已經不存在了。欠缺發揮主導功能的國家,可以說正是國際秩序的崩毀。
就算把各有內政問題、利害殊異的二十個國家聚集起來,也找不出一致的方向。美國政治學者伊恩‧布雷默(Ian Bremmer)就把它稱為「G零」的世界。讓我來說,就是戰國時代的來臨。
以中國為首的新興國家,其經濟實力根本無法繼承美國及其盟邦所擁有的領導地位。達到經濟急速成長的中國,連美國都有呼聲期待它成為新領袖,也就是說,美國和中國的「G2」之意。
但是,二〇一〇年九月,正如當時溫家寶總理在聯合國大會的演講一樣,他說:「中國現在還是社會主義的初期階段,開發中國家的地位並未改變。」所以,中國還沒有那種意圖。
而且,要繼承美國主導的布雷頓森林體系(Bretton Woods system)之下成立的國際貨幣基金(IMF)等國際組織架構,中國連領導能力都沒有。
雖然說GDP僅次於美國,但因為中國人口超過十三億,所以每人平均GDP不過六千美元,只有日本的八分之一。而且,貧富差距懸殊,以致於僅佔總人口0.1%的富裕階級卻有獨霸41%個人資產的狀況。
貧富差距、崩毀前夕的不動產泡沫化、公務員貪腐、激烈的反日示威等,以及令人無法置信的環境污染;對中國來說,它根本無暇受託承擔國際社會的責任,更遑論維護國際秩序,因為中國連國內秩序都開始動盪了。
美國主導的G1時代已經告終,G20沒有功能,G7已成往事,美中的G2變成紙上談兵的話,全球就要迎接「G零」的世界了。美國單極支配的時代已經過去,現正逐漸轉移到幾個區域大國激烈交鋒的世界。
日本面臨的國際社會變幻莫測,特別是西太平洋的主導權之爭,由於中國透過軍事擴張和武力展示,加深了緊張程度,美國也被迫承受沉重的負擔。在這個時代,日本該如何因應呢?
首先要說的是,日美關係這件事變得更加重要。日本已不能再採取讓美國保護的態度了,日美非得成為更加緊密和對等的盟邦不可。還有,應該重新提問的是:要如何運用日美同盟?日本應該扮演什麼角色?
對於充滿內政問題的美國,看來已不能抱持太多期待。日本應該思考的是,與美國構築建立在坦率對話的對等夥伴關係,把日美關係的重要性做為前提的同時,有必要澈底重新思考日美同盟的狀態。
在這個意義上,今年七月安倍首相果決容許集體自衛權的行使,不只是討美國歡心,也是要讓美國放心。容許集體自衛權的行使,確實會使日美同盟更加穩固,實際上還要關注美方對日本的期待。
如同在座的中西輝政先生所著《霸權的終結》一書所言,就像日本需要美國一樣,美國在某些情況還更需要日本。日本諸位應該對此有所瞭解。
九○年代以來,美國從冷戰結束歷經波斯灣戰爭,高擎標榜著蠻橫「單邊干涉主義」的「舊美國」,直到雷曼衝擊(Lehman shock)導致經濟疲軟不振以前,對過去的不捨似乎綿延不絕。
現在的美國正以「新美國」之姿,與多極化世界探索協調的路徑。我認為,現在日本應該做為和美國協調的夥伴,與美國共同貢獻,一起發揮讓世界安定進步的功能。
尤有甚者,對於實力正在衰退的美國,日本可以提供美國追求的功能,所以要利用這個機會,落實過去面對美國未能付諸執行的事。也就是,應該修改憲法,讓日本成為真正獨立自主的正常國家。唯有如此,才能達成安倍首相擺脫戰後體制的目標,是建構「新體制」的正確一步。
容許集體自衛權的行使,可以說是一個開端,未來不只和美國,日本還要和菲律賓、澳洲、印度加強軍事關係,必然也可以為台灣帶來良好影響。再來,在釣魚台群島和南海問題上,中國也將不敢貿然行動。從結果來說,讓人對區域穩定懷抱期待。
過去日本遭逢國家危急存亡之秋,曾把西洋文明與日本文明加以融合,造就了明治維新這種世界史上絕無僅有的偉業,從而克服了國家難關。像坂本龍馬一樣的青年們挺身而出,成為引導日本的領袖。
根據我的看法,現在的日本,正處於明治維新以來必須進行最大變革的情況,就是現在,應該發動平成維新了。
為了改革,做為國家根本的憲法應該如何修正呢?這是當前日本的一大課題。如眾所知,現在的日本國憲法本來是用英文撰寫,再翻譯成日文的文件;也就是說,戰勝國美國為了不讓日本再度與美國兵戎相向,從而強迫日本接受現在的憲法。
其中第九條禁止日本擁有軍事力量,因為如此,日本就把國家安全託付給美國。然而,今天日本就要大幅變革,開始邁步登上新生的台階了。
為了真正的獨立自主,日本需要什麼?透過歷史來省思,就無法迴避憲法課題。然而,這個問題不但很少討論,更遑論觸及修憲這個長久以來被視為禁忌的議題;部份人士似乎根深蒂固地認為:「只要有第九條就可以維護日本的和平」。
然而,無視現實、擱置憲法問題、漠不關心,我覺得這顯然是在威脅日本的國家安全。
在我看來,歷經六十年以上,一字一句都沒有修改,這種情況毋寧讓人感到怪異。歷史瞬息萬變,不僅日本及其國民所處的狀況因時代變化而有差異,而且日本一直擱置國家根基的憲法,未來難道不會被拋到國際脈動和時代後面、走向衰頹嗎?
在此意義上,安倍首相果決容許集體自衛權的行使,就是邁向安倍政權最終目標─修憲、特別是修正第九條的第一步。擁有武力,並不代表戰爭之意。
如同剛才一再陳述的意見,當前的世界是戰國時代。在國際社會,為了不受欺凌,有必要擁有武力來保護自己。
根據報導,日本國民之間似乎有批判和反對修憲的聲音,針對這點,希望安倍首相充分向國民說明,務必落實最終目標。
最後,我想為日本諸位打氣,要對日本歷史和文化感到自豪,為了平成維新昂然奮起而充滿希望,現在的日本人一定要恢復信心和自尊。
現在的日本人,尤其是年輕人很可憐,他們接受了「日本以前做壞事,是侵略亞洲的壞國家」這種單方面教育,認定日本遭受世界各國的批判,從而喪失了信心。
幾年前,我曾經到台灣中部的日僑學校演講。日僑學校的校舍在一九九九年大地震時倒塌,我立刻想辦法協助他們,找到現在的校地,重新建造了校舍。
後來接受這所日僑學校的邀請,向學生們發表演說,演講內容大概是台灣在日本統治時代的樣貌。
當我問起學生,得知日本的學校教育都教他們「日本殖民台灣,剝削人民,帶來苦難。」那可真是彌天大謊!
我這麼告訴學生們:
第四代台灣總督兒玉源太郎的民政長官後藤新平只用了八年七個月的時間,就把台灣打造成幾乎「相差百年」的近代化社會,從而建構出當今繁榮的基礎。
為了台灣的近代化和經濟發展,後藤新平先把欠缺工作能力的一〇八〇位日本官員革職,遣返日本。這種事情,沒有相當的覺悟和決心根本辦不到!
就這樣,各領域的秀異專家匯聚台灣,各位熟知的新渡戶稻造,包括在台灣依然像神明一樣受到尊崇的水庫技師八田與一,還有很多才幹一流的日本人為台灣賣命,多虧他們的付出,所以造就現在的台灣。
說完這段故事,演講結束後,學生代表高興地說:「今天聽到李先生這席話,信心油然而生。過去走在馬路上,總覺得臉上無光,從明天起可以挺胸闊步了。」我也感到很高興,勉勵這位學生「要加油」!
用不著舉出這些例子,我覺得戰後日本人的價值觀發生一百八十度的轉變,令人非常遺憾。
日本的各位!一定要早日從戰後的自虐價值觀中解放出來。因為如此,日本人要更加擁有自信,應該繼承民族的精髓,要對從前武士道砌築的不成文規範感到驕傲。如此一來,擁有身為日本人的自我認同之後,日本才能在國際社會中承擔責任。
位於「G零」後的世界,日本正處在十字路口上。日本為了完成求生存的變革,不可或缺的就是全體日本人立志決行,日本人非得擁有自尊和自信不可。
其結果攸關東亞更加的穩定與和平,也將為日本和台灣帶來更良好的關係。日本和台灣是命運共同體,日本好則台灣好,反之亦然。
衷心期盼日本邁向真正獨立自主的國家,我就以此結束談話。感謝大家的聆聽。
照片影音逐字稿出處「獨立媒體」:
http://goo.gl/kq19BU
李登輝先生の講演前にスクリーンで上映されていた動画は資料価値の高い映像であり、思わず見入ってしまった。
題名は、
「李登輝,台灣民主化之路 – The Roadmap to Democracy in Taiwan, not China 」とあり、90分程のドキュメンタリー映画である。
http://www.youtube.com/watch?v=y_J0M16KFVk&feature=youtu.be
【動画紹介】歓迎!李登輝先生 来日
【平成26年(2014)/9/19(Fri)】歓迎!李登輝先生 來大阪【関西国際空港(關西國際機場)】
【産経新聞報道】李登輝氏が6回目の来日「日本やっぱりいい国」
2014.9.19 19:53
台湾の李登輝元総統(91)は19日、関西国際空港に到着後、大阪市内で記者会見し、「台湾のためにしなければならない仕事を日本から学んで帰りたい」と抱負を語った。
李氏の来日は「日本李登輝友の会」の招きに応じたもので、2009年9月以来、5年ぶり6回目。今回は初めての家族連れとなった。李氏は会見で「日本は5 年前に来たよりも進歩している。やっぱりいい国だ」と到着の印象を語った。その上で、来日の目的として、がん治療、再生エネルギー、肉牛飼育の視察を挙 げ、日本の技術や経験を「台湾の役に立てたい」と述べた。
一方、日本への機内で同行記者団の代表取材に応じ、靖国神社をする予定はないと話した。07年の来日では、実兄がまつられる同神社に参拝した。
李氏の来日は25日まで。大阪、東京で講演するほか、北海道も初めて訪れる。(田中靖人)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140919/trd14091919530024-n1.htm












