【記録】南モンゴル情報(4)-過去30年間で南モンゴル最大の抗議活動-

投稿日:2011-06-03 - 投稿者(文責):mumeijin

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〇中国共産党系紙「内モンゴル住民の要求は合理的」 5/31(火)21:27 日本経済新聞

【北京=森安健】中国の内モンゴル自治区で起きたモンゴル族の抗議デモについて、中国共産党機関紙、人民日報傘下の環球時報は31日付の社説で「モンゴル族の要求はには合理的な部分もある」と指摘。デモは「政治的に引き起こされたものではない」とし、2008年のチベット自治区、09年の新疆ウイグル自治区での騒乱とは性格が異なると強調した。
 中国外務省の姜瑜副報道局長も同日の記者会見で「ことさら誇張しようとする外国組織の試みは成功しない」と述べ、海外の人権団体などをけん制した。6月4日に天安門事件22周年を控え、混乱の広がりを防ぐ意図もあるとみられる。
 米国に拠点を置く「南モンゴル人権情報センター」によると30日には区都フフホトでも抗議行動が発生。千人近い市民がモンゴル族の人権尊重と拘束された人の釈放を求めて街に繰り出したとしている。「未確認情報」としながらも、警察がデモを解散させる際に10人以下の市民が死亡したと伝えた。
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C9381959FE1E3E2
E0E68DE1E3E2E7E0E2E3E39494E3E2E2E2;at=ALL
 


〇6・4鎮圧の主力「解放軍38軍」が内モンゴルへの情報 6/2(木)13:02 Searchina

 中国の内モンゴル自治区で抗議デモが相次ぐなか、中国当局が事態の悪化を防ぐため、1989年の天安門事件を鎮圧した主力部隊“解放軍第38軍”を急遽現地に派遣し、鎮圧に備えて待機させているとの消息が伝えられた。また、新疆ウイグル自治区での支援にあたっていた武装警察機動師団4個師団が、他省での突発事態に備えて呼び戻されたという。多維新聞網が伝えた。
  内モンゴル自治区のシリンホトでは、モンゴル族の遊牧民が石炭運搬トラックにはねられ死亡した事件をめぐり、モンゴル族の学生約2千人が政府への抗議を行い、遊牧民の権利と尊厳の尊重を求めている。この1週間、抗議デモは区都フフホトでも広がった。
  香港紙・苹果日報の報道によれば、30日午前、フフホトでは約千人がデモ行進を行い、20数人が当局に連行された。新華広場とチンギスハン大街ではそれぞれ車が破壊され、付近の道路は封鎖された。
  インターネット上の書き込みによれば、新華広場には武装警察と公安300人以上が配置され、チンギスハン広場も封鎖され、付近では携帯電話の使用に規制がかけられているという。また、当局は、民衆が昼間デモに参加するのを防ぐため、各機関や学校などに対して、外出して昼食をとることを禁止したとの情報もある。
  内モンゴルに進駐したとされる人民解放軍第38軍は、現在の解放軍のなかで最も装備が近代化された野戦軍の1つ。1989年6月4日の天安門事件では、主力部隊として学生らを鎮圧した。38軍進駐の情報については実証されていないが、インターネット上では大きな注目を集めており、「胡錦濤は狂ったか?」などの書き込みもある。
  一方、内モンゴル自治区トップの胡春華・党委書記は27日、地元で抗議を行っている学生らと会見し、遊牧民ひき逃げ事件の犯人の厳正な処罰を約束し、鉱山開発のために民衆の利益を損なうことはないと強調して、事件の収束を図ろうとした。(編集担当:中岡秀雄)
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0602&f=politics_0602_007.shtml

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〇中国の内モンゴル自治区(胡春華自治区委員書記)は、5つの少数民族自治区(チベット自治区・新疆ウイグル自治区・内モンゴル自治区・広西チワン族自治区・寧夏(ネイカ)回族自治区の中で少数民族の割合が低い(*1)一方で、当自治区は中国最大規模の石炭やレアアース(希土類)の産地として経済成長は最も高く平均年収などもチベット自治区・ウイグル自治区よりも高いそうです。また両自治区と異なり以前に大規模なモンゴル人遊牧民と漢人との間の騒擾も報じられることもなく比較的安定している印象がありました。それだけに5月末のモンゴル人による抗議活動は長年封印されていたモンゴル民族意識の高まりと考え、この点からも重要な出来事だと思い記録しました。

《前史》

1960~70年代 文化大革命時に南モンゴルでは「内モンゴル人民革命党事件」による大粛清で10万人ともいわれる虐殺がおこなわれた(*2)
1981年    中国共産党の南モンゴルへの漢人入
植政策に反発したモンゴル人学生による70日間の抗議運動
1990年2月 モンゴル人民共和国首都ウランバートル、モンゴル民主党結党大会に南(内)モンゴル人3名が参加
1991年11月 通遼市で独立デモ、その後も集寧・ハイラルで反政府デモが起こる
1995年12月 南モンゴル民主連盟主席ハダ氏らが逮捕されフフホトで学生数十人が抗議デモ。30日に200名のデモが行われ数十人が拘束される。
1996年12月 ハダ氏に対しスパイ活動と国家分裂煽動罪で懲役15年の判決
2005年12月 ハダ氏の釈放前に妻子が逮捕される。
2010年12月 ハダ氏釈放後に軟禁
2011年 5月 自由アジア放、刑期満了のハダ氏が区都の秘密刑務所で拘束中と報道

〇今回の南モンゴル(内モンゴル自治区)に於ける事件の経過です。

5月10日 環境保護活動家メルゲン(莫日根)氏が殺害される(抗議活動の端緒)
5月15日 他のモンゴル人男性がひき逃げ事件で死亡
5月18日 これより以前に区都フフホトでの30日のデモ呼び掛けが広がる
5月23日 シリンゴル盟西ウジュムチン旗で最初の街頭デモが行われる。
5月24日 1,000人の市民が武装警察と対峙し4人が逮捕される。
5月25日 シリンホト市で学生を中心とした2,000名が地元政府庁舎前で抗議
5月26日 シリンゴル盟西ウジュムチン旗で再度抗議デモ
5月27日 シリンゴル盟で遊牧民・学生数百人のデモ隊と武装警察が衝突。40人が連行され一部地域で戒厳令布告か
5月29日 モンゴル国首都ウランバートルのスヘバートル広場で511事件に対する抗議活動が行われる(*3)
5月30日 フフホトで1,000人規模の抗議デモ発生。国営新華社通信、5/10の事件を報道。世界同時抗議活動、米国・モンゴル・ドイツ・スウェーデン・ノルウェー・フランス・オランダ等で抗議活動が行われた模様。日本では東京港区の中国大使館前で在日モンゴル人等100人が権利擁護を直訴。
5月31日 中国外務省・姜瑜(キョウユ)副報道局長が欧米の人権団体を批判
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6月 4日 天安門事件から22年
7月 1日 中国共産党創立70周年

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(*1)内モンゴル自治区のモンゴル人人口は420万人(18%)に対し漢人は1900万人とされる。
(*2)2009年に岩波書店から刊行された『墓標なき草原-内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録-(上)(下)』が詳細である。著者の楊 海英氏のモンゴル名はオーノス・チョクト、日本名は大野旭。知られざる内モンゴル自治区での文化大革命の惨状を記録した労作。貴重な写真も収録されている。
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/9/024771+.html
(*3)モンゴル自由連盟党HPによる
http://smglnc.blogspot.com/2011/05/blog-post_2506.html
モンゴル人と南モンゴル人が共闘した抗議活動とのこと。写真では以前からモンゴル国でその存在が確認されていた反中国を標榜するモンゴル人極右団体も参加しているようにみえる。

【中華帝国主義】内モンゴル自治区で何が起こっているのか?[桜H23/5/31]
ダイチン氏「日本にいる南モンゴル人は一万人近くいる(21:30〜)」

河内長野市商工会青年部オフィシャルサイト