2月, 2011年

独立意志活動"Bike for Taiwan" in 大阪

2011-02-17
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2月20日(日)いよいよ大阪に!


“Bike for Taiwan”  (今後の主な日程)

〇2月18日(金) 名古屋→関ヶ原古戦場→京都

【名古屋での街頭活動】
《日時》平成23年2月18日12:00~13:00
《場所》名古屋市中村区 名古屋駅桜通側タワーズ交番前付近。
《内容》「台湾は中国ではない」正名街頭情宣と日台正常化を求める署名
《備考》名古屋では、中国領事館への3000坪、土地売却反対も訴えます。
《当日現場責任者》渡辺 裕一 090-3300-9686 

〇2月19日(土) 京都→56 km→大阪竜馬の墓及び暗殺の地/大阪市街区 (50km)

◎2月20日(日) 大阪市内活動

①13:00~14:00 中華人民共和国大阪駐在総領事館前 抗議活動
②15:00~17:00 HEP NAVIO前(JR大阪駅前)署名活動

中華人民共和国大阪駐在総領事館(大阪市西区靭本町3-9-2)

HEP NAVIO(大阪市北区角田町7)

『為台灣而騎團隊』メンバー
【発起人】林一方 (非常光碟製作人、民進党立法委員候補)
【同行者】陳守欽(「人民を主に」ボランティア・退役少佐)
【同行者】蔡文榮(ボランティア・記録係)
【同行者】蘇 襄(英語教師)
【記録者】陳紹庭(歴史学者)
【通  訳】江川基宏
(敬称略)

〇2月21日(月) 大阪→33 km→神戸神戸地震公園/神戸市街区 (50km) つづく

2月20日(日)の活動に御協力頂ける方は下記担当者まで御連絡下さいませ。
台灣建國應援團:田邊 憲司 080-4140-2132


台灣と日本は運命共同体だ!-日本人支持台灣獨立建國-

2011-02-16
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独立建国運動家として台湾で活躍する林一方氏が、各都市を自転車で走るアピール活動(­独立意志活動3-Bike for Taiwan in Japan)のため来日されました。(2月14日~27日/東京、名古屋、京都、大阪、神戸、広島、下関、長崎、福岡)。

2月15日(火)文京区民センターにて、この活動の一環として講演会が開催され、台湾の現状に関する報告や、台湾と日本との戦略的連携関係の構築の訴え(日本版台湾関­係法の制定の訴えも含む)が行われました。主催は、台湾研究フォーラム(永山英樹会長)。

[林一方氏略歴]1965年生まれ。台湾文化学院(大衆コミュニケーション)、スクー­ル・オブ・ビジュアル・アーツ(アジア芸術)、ニューヨーク・フィルム・アカデミー(­映画製作)で学ぶ。台湾独立建国運動に各種メディアを駆使する手法を導入。〇五年、国民党籍の県知事を批判するドキュメンタリービデオ「亮麗下的醜陋」(きらび­やかな醜悪)を合法的に製作しながら、当局から不当逮捕を被った事件は有名。〇八年、台湾志工隊を結成し、「チャイナフリー全国行脚」など、さまざまなアピール活­動を進めている。

【応援登壇者】※五十音順 イリハム・マハムティ氏(日本ウイグル協会会長)/飯田義人氏(一般法人日台友好協会副理事長)/梅原克彦氏(前仙台市長)/黄文雄氏(評論家)/永山英樹氏(台湾研究フォーラム会長)/西村幸祐氏(評論家、ジャーナリスト)/三輪和雄氏(チャンネル桜キャスター、日本世論の会会長)/連根藤氏(台生報発行人)

 登壇は、無事来日を果たした、林一方氏。(通訳は、日本ウイグル協会会長のイリハム・­マハムティ氏)。氏は朝10時に靖国神社参拝後、チャンネル桜出演、議員会館にて記者会見をこなし、文京区民センターに到着。
☆以上、動画の説明欄からの転載です。

台湾独立意思の確立と日台友好の為に日本を自転車縦断11.2.15①林一方氏

 

台湾独立運動家・林一方氏来日支援演説11.2.15②飯田義人氏

台湾独立運動家・林一方氏来日支援演説11.2.15③三輪和雄氏

台湾独立運動家・林一方氏来日支援演説11.2.15④西村幸祐氏

連根藤氏11.2.15⑤台湾独立運動家・林一方氏自転車隊来日支援演説

宗像隆幸氏11.2.15⑥台湾独立運動家・林一方氏来日支援演説

イリハム・マハムティ氏11.2.15⑦台湾独立運動家・林一方氏来日支援演説

黄文雄氏11.2.15⑧台湾独立運動家・林一方氏自転車隊来日支援演説

梅原克彦氏11.2.15⑨台湾独立運動家・林一方氏自転車隊来日支援演説


村田春樹氏11.2.15⑩台湾独立運動家・林一方氏自転車隊来日支援演説


御支援を!台灣独立・建国の意志をアピール!-台灣人 林一方先生達の挑戦-

2011-02-15
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午前中、靖國神社に参拝された一行



【為台灣而騎】林一方さん、本日来日

2011-02-14
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出発前の林一方さん。後方は臺北101

いざ!出発!!

【計画】
2月14日(月)台北→東京 成田空港→プログラム&プログラムのブリーフィング
2月15日(火)東京 出発記者会見/靖國神社参拝/国会と東京都内/台湾研究論壇講演会
2月16日(水)東京→台湾青年会/独立台湾会/東京市街/中國大使館 (経由)
2月17日(木)東京→358 km→名古屋 (休息日)
2月18日(金)名古屋→131 km→京都/関ヶ原古戦場 (50km)
2月19日(土)京都→56 km→大阪 竜馬の墓及び暗殺の地/大阪市街区 (50km)
2月20日(日)大阪→休息日(大阪市内で、日本版「台湾関係法」の署名活動(15:00-17:00)、歓迎会を行う予定です)
2月21日(月)大阪→33 km→神戸地震公園/神戸市街区 (50km)
2月22日(火)神戸→309 km→広島平和記念公園/広島市街区 (50km)
2月23日(水)広島→142 km→山口 竜馬の学んだ塾/荻 (50km)
2月24日(木)山口→299 km→長崎 馬関条約の下関 (50km)
2月25日(金)長崎→休息日
2月26日(土)長崎→153 km→福岡/長崎市街・亀山社中 (50km)
2月27日(日)福岡→元寇防塁遺跡/帰国前記者会見 (50km)
2月28日(月)福岡→台灣

【転載】
2・15 日台同盟・アジア諸民族連帯を!台湾建国運動講演会
(第143回台湾研究フォーラム定例会)
講師:林一方氏(台湾独立建国連盟中央委員、映像プロデューサー)
演題:「台湾建国、台日同盟、そしてアジア諸民族との連帯を」

【応援登壇者】※五十音順
イリハム・マハムティ氏(日本ウイグル協会会長)
飯田義人氏(一般法人日台友好協会副理事長)
梅原克彦氏(前仙台市長)
黄文雄氏(評論家)、
永山英樹氏(台湾研究フォーラム会長)
西村幸祐氏(評論家、ジャーナリスト)
連根藤氏(台生報発行人)

御参加を!台湾研究フォーラム 林一方氏講演 Bike for Taiwan in Japan

独立建国運動家として台湾で活躍する林一方氏が、各都市を自転車で走るアピール活動(独立意志活動3-Bike for Taiwan in Japan)のため来日(2月14日~27日。東京、名古屋、京都、大阪、神戸、広島、下関、長崎、福岡)。そこでこの活動の一環として講演会を開催し、台湾の現状に関する報告や、台湾と日本との戦略的連携関係の構築の訴え(日本版台湾関係法の制定の訴えも含む)を行う。

[林一方氏略歴]
1965年生まれ。台湾文化学院(大衆コミュニケーション)、スクール・オブ・ビジュアル・アーツ(アジア芸術)、ニューヨーク・フィルム・アカデミー(映画製作)で学ぶ。台湾独立建国運動に各種メディアを駆使する手法を導入。〇五年、国民党籍の県知事を批判するドキュメンタリービデオ「亮麗下的醜陋」(きらびやかな醜悪)を合法的に製作しながら、当局から不当逮捕を被った事件は有名。〇八年、台湾志工隊を結成し、「チャイナフリー全国行脚」など、さまざまなアピール活動を進めている。

【日時】2月15日(火)午後6時30分~8時30分(開場5時30分)

【会場】文京区民センター 3-A (東京都文京区本郷 4-15-14)
(交通)大江戸・三田線「春日駅」徒歩1分/丸の内、南北線「後楽園駅」徒歩3分
/JR「水道橋駅」徒歩10分

【会費】会員500円、一般1000円(懇親会3000円 ※学生1000円)

【申込み】E-mailtaiwan_kenkyu_forum@yahoo.co.jp

      FAX: 03-3868-2101  
【問合せ】090-4138-6397
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【発起人】林一方 (非常光碟製作人、民進党立法委員候補)
【同行者】陳守欽(「人民を主に」ボランティア、退役少佐)
【同行者】蔡文榮(ボランティア)
【同行者】蘇 襄(英語教師)
【記録者】陳紹庭(口述歴史学者)
【運匠兼日語譯者】江川基宏
【協力団体及個人】台湾フェースブックユーザー権益促進会/台湾公民フェースブックネット社団/台湾ネット公民参政団/台湾志工隊/独立珈琲/日台関係正常化推進委員会/日本ウイグル協会/台湾研究フォーラム/王康厚/林惠忠/無名氏L/張智誠/湯小刀/Hwa/鏡香熊/Florence Kuo/翁安利/永山英樹/加藤吉雄/Vivien Ho/Chang Joe/Huei-chih Hsieh/中津川博郷(増加中)

2月20日(日)の大阪での林一方さんの活動に御協力頂ける方は、
台灣建國應援團 田邊憲司(080-4140-2132)まで御連絡をどうぞ!


橿原神宮參拜記 -紀元節(建国記念日)-

2011-02-12
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台灣建國と祖国の弥栄を祈願する為、日本建国の地である橿原神宮に團員・團友有志で参拝致しました。雪景色での橿原神宮参拝は趣が有るもので、一同で天皇陛下の勅使をお迎え致しました。

 


≪当日の動画≫
【台灣建國應援團】橿原神宮參拜①紀元節(建国記念日)平成23年2月11日

【台灣建國應援團】橿原神宮參拜②紀元節(建国記念日)平成23年2月11日

【台灣建國應援團】橿原神宮參拜③紀元節(建国記念日)平成23年2月11日

【台灣建國應援團】橿原神宮參拜④紀元節(建国記念日)平成23年2月11日
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橿原神宮の歴史】 神武天皇は、天壌無窮の神勅を承け、天業をおし弘めようと、九州の日向国の高千穂の宮から東遷の壮途に就かれた。そして、国内を統一し、畝傍山の東南・橿原の地に皇居を営んで、即位の礼をあげられた。明治の時代になり、天皇の御聖徳を景仰して、この橿原宮跡に神宮創建の請願が民間有志から起こり、これを深く嘉せられた明治天皇の御聖慮により元京都御所の賢所と神嘉殿を本殿と拝殿として下賜され、明治23年4月2日官幣大社・橿原神宮として御鎮座された。

明治天皇御製

 橿原のとほつみおやの宮柱 たてそめしより 国はうごかず 橿原の宮のおきてにもとづきて わが日本(ひのもと)の 国をたもたむ


ニュース記事より

2011-02-10
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 「中国」の呼称を禁止 馬台湾総統/MSN産経ニュース  2月8日(火) 

馬総統は、台湾の主権は中国大陸にも及ぶとの「中華民国憲法」の立場から、「(中国は)『中国大陸』か『大陸』と呼ぶべきだ」と述べ、外交部(外務省)の公文書で「中国」の呼称を何度も使ってきたのは「非常に重大な過ちだ」と批判した。

 これに対し野党側からは、台湾と中国は「一つの中国」に属すると主張する中国当局のスポークスマンのようだとの反発が出ている。与党国民党系紙である聯合報も「なぜ最も敏感な部分を刺激するのか? 馬総統は、政治的な知恵が十分とは言えない」などと批判した。(共同)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110208/chn11020818050001-n1.htm

「中国」は大陸 台湾公文書の呼称統一/読売新聞 2月8日(火)

 【台北=源一秀】8日付台湾各紙によると、台湾の馬英九総統は7日、公文書では「中国」という呼び方は使わず、「中国大陸」か「大陸」で統一するよう指示した。

 「大陸」は、「中国内の大陸部分」との意味であり、実際には「一つの中国」を強調している。台湾ではかつて、「大陸」の呼称は一般的だったが、台湾が独立志向を強めた李、陳政権の時代を経て、「中国」「中華人民共和国」という呼称も混在するようになった。馬総統は、「過去の公文書で『中国』としているのは重大な誤り」と述べた。
 馬総統には、来年の次期総統選挙に向け、中国の経済協力、現状維持を望む住民の支持を得る狙いがあるとみられる。野党・民進党は「台湾の主権があいまいになる」と反発している。
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110208-OYT1T00980.htm

 

 

 

【続報】台灣独立建国を支援しよう!-台灣男児、日本列島自転車走破の挑戦-

2011-02-09
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【動画】参加を!台湾研究フォーラム 林一方氏講演 独立意志 日本縦走自転車隊

【計画】 
2月14日(月)台北→東京 成田空港→プログラム&プログラムのブリーフィング
2月15日(火)東京 出発記者会見/靖國神社参拝/国会と東京都内/台湾研究論壇講演会
2月16日(水)東京→台湾青年会/独立台湾会/東京市街/中國大使館 (経由)
2月17日(木)東京→358 km→名古屋 (休息日)
2月18日(金)名古屋→131 km→京都/関ヶ原古戦場 (50km)
2月19日(土)京都→56 km→大阪 竜馬の墓及び暗殺の地/大阪市街区 (50km)
2月20日(日)大阪→休息日
2月21日(月)大阪→33 km→神戸地震公園/神戸市街区 (50km)
2月22日(火)神戸→309 km→広島平和記念公園/広島市街区 (50km)
2月23日(水)広島→142 km→山口 竜馬の学んだ塾/荻 (50km)
2月24日(木)山口→299 km→長崎 馬関条約の下関 (50km)
2月25日(金)長崎→休息日
2月26日(土)長崎→153 km→福岡/長崎市街・亀山社中 (50km)
2月27日(日)福岡→元寇防塁遺跡/帰国前記者会見 (50km)
2月28日(月)福岡→台灣

関連項も御覧ください。
【気魄!台灣魂】「東京⇒福岡 自転車走破の挑戦 ‐我主張台灣獨立!‐」
http://ilha-formosa.org/2011/01/17/it-hong/

【紹介】台灣翠青 -Taiwan the Green-
http://ilha-formosa.org/2010/02/28/taiwanthegreen/

魏徳聖監督作品『セデック・バレ(賽德克-巴莱)』

2011-02-09
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『海角七號(Cape No.7)』の魏徳聖(ウェイ・ダーシェン)監督による次回作は、1930年の霧社事件を描いた『セデック・バレ(賽德克-巴莱)』、9月に台灣で公開予定です。魏徳聖監督はこの『セデック・バレ』撮影の為の資金作りの為に『海角七号』を製作したとも聞きます。

賽德克-巴莱(セデック・バレ/Seediq Bale)
日本語公式サイト
http://ameblo.jp/seediqbale/

共同通信(2010年9月6日)

【台北共同】6日付の台湾紙、自由時報などによると、日本統治下の台湾で1930年、先住民が圧政や強制労働への不満を爆発させ、抗日武装蜂起した「霧社事件」を描いた映画「セデックバレ(真の人)*1が4日、クランクアップした。
映画は、台湾人女優のビビアン・スーさんらが出演。大ヒット映画「海角七号」(2008年公開)を手掛けた若手監督、魏徳聖氏が監督を務め、台湾映画では過去最高の制作費約6億台湾元(約16億円)に及ぶ予定の大作。
来年夏以降に、上下2部に分けて上映することを目指しているという。霧社事件は、日本統治時代後期の最大規模の抗日武装蜂起とされる。30年10月27日、台湾中部の山あいの集落、霧社(現在の南投県仁愛郷)で、先住民セデック族が警察や学校を襲撃し、日本人住民134人を無差別に殺害。日本軍と警察が武力鎮圧し、報復や集団自決により先住民側の約千人が犠牲となった。

米1 本来の意味は「真のセデック族(賽德克族)」位でしょうか。また『賽德克-巴莱』の片仮名表記を「セデック・バレ」としていますが、「セーダッカ・バライ」という表記も有るようです。


【霧社事件とは?】
『台湾史小事典-増補改訂版-』2010年 中国書店より

昭和5年(1930)に勃発した原住民の抗日事件。この事件が起こった原因は非常に多い。例えば、日本の山林資源の開発によって原住民の狩猟の場が激減したこと、日本の警察の山地における権威が集落の指導者を上回り、原住民の社会組織に対して衝撃を与えたこと、などである。このほか、日本人は原住民を徴発して各種の建設作業に当たらせたが、これらの労役によって、彼らが粟を栽培し狩りをする時間を奪い、労賃も低すぎたといったこともある。しかも伐木の現場が原住民の伝説にある祖先の発祥の地にあったため、彼らの日本憎しみの心理を一層強めた。霧社のタイヤル族は昭和5年10月27日、日本人が小学校で運動会を開いたのを機に、国旗掲揚と国家斉唱を合図に会場に突入し、日本人134人を殺害した。その後吊り橋と電話線を切断して外部との接触を遮断し、日本警察の銃と弾薬を奪った。この事件は全台湾を驚愕させた。弾圧が一段落するまでまで総督府は軍隊1,563人、警察1,231人、軍卒1,381人を動員し、このほかに親日の原住民延べ5,311人も動員した。最初に事件を起こした八つの社の中で、戦うことのできる壮丁はあわせて1,236年人だった。最終的には644人が死亡し、老若婦女子もあわせて514人のみが投降し、霧社に集められて収容された。翌年4月25日、わずかに残った500人余りのうち、半数が敵対する部族に殺害された。彼らはすべて川中島(現在の南投献仁愛郷互助村清流部落)に移された。


左から、ジョン・ウー(製作)/馬如龍(マー・ルーロン)/魏徳聖/溫嵐/羅美玲、その他にビビアン・スーさん・田中千繪さんが出演されるそうです。


再び宋美齢氏等について

2011-02-08
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宋美齢氏訃報を伝える当時の日本経済新聞


 

宋家三姉妹として知られる三人は、清朝末に実業家・宋嘉樹の子として生まれた。この三姉妹の生涯は、近代中国・台灣史に緊密に関連する。

宋 靄齢(孔祥熙夫人)・・・写真中央/1889-1973、日本語読みはソウ・アイレイ。

宋 慶齢(孫文夫人)・・・・・写真左 /1893-1981

宋 美齢(蔣介石夫人)・・・写真右 /1897-2003

  現在の中華人民共和国に「中国国民党革命委員会」と称する中国共産党の(実質)翼賛政党が存在する。台灣に敗走した蔣介石率いる中国国民党と訣別し、1948年に国民党容共左派と民主諸派が合流し結党したが、その時の中国国民党革命委員会名誉主席が宋慶齢である。


中国共産党一党独裁体制を堅持する中国だが、このように民主党派と呼称される衛星政党が8組織存在している。そして中国共産党はこれらの団体を以って複数政党制を導入していると主張するのであるが、それら団体の綱領には中国共産党の指導を受ける旨が明記されている。そしてまた文化大革命中は江青に睨まれた宋慶齢は不遇時代を過ごしたが、最晩年に共産党入党・「中華人民共和国名誉主席」称号を授与されたそうです。

中国国民党革命委員会中央委員会 HP http://www.minge.gov.cn/

 228事件当時、武装蜂起を企図した女性革命家の謝雪紅が台灣から亡命し中国共産党と合流した後に結成した台灣民主自治同盟(台盟)等もこの民主党派の一つである。

台灣民主自治同盟 HP http://www.taimeng.org.cn/

 中国共産党と中国国民党の相似、それは一党独裁制度を採用した全体主義政党であるという事(国民党は1987年に事実上の複数政党制を解禁)。そしてまたこの両党は1924-27年、1936-45年に二度国共合作(統一戦線)を行っている。

「自由中国・中華民国」の本質はファシズム政党である中国国民党による一党独裁体制である。軍・警察・特務を中心とした監視のもと台灣は警察国家となり台灣人の独立運動は封殺され続けた。台灣人がいう台灣独立とはこの外来中華民国体制からの独立である。なお中国国民党は日中戦争時、ナチス・ドイツから軍事顧問団を招聘していた。写真は1955(昭和30)年1月開国記念日での蔣介石、その右に映るのは蔣経国


 


題名はそのもの『宋家の三姉妹』という1997(平成9)年の日本&香港合作映画。但し原題は『宋家皇朝』というそうです。未見ですので論評出来ませんが、是非とも観てみたいと思っています。

20世紀前半、中国の清王朝から中華民国へと移り行く時代の流れの中で育った宋家の三姉妹。長女(ミシェル・ヨー)は財閥の御曹司、次女(マギー・チャン)は後の国家主席・孫文、そして三女(ヴィヴィアン・ウー)は国民党の指導者・蒋介石のもとへそれぞれ嫁いでいく。そして孫文の死後、夫の革命の遺志を継ぐ次女は三女と対立するようになり、姉妹のきずなに溝が生じていく……。
『誰かがあなたを愛してる』などで知られるメイベル・チャン監督が、激動の近代中国史の中で力強く生き続けた実在の三姉妹の愛と葛藤を捉えた感動の大河ドラマ。人気と実力を兼ね備える三大女優のそれぞれの個性を活かした火花散る競演も大いに魅力的である。喜多郎の音楽も素晴らしい

(映画評論家・
的田也寸志氏)、という事だそうです。


 

大阪で旧正月を祝う -春節祭 in 大阪中華学校-

2011-02-06
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[御注意を]
2016年(平成28年)『2/14(日)台湾 第16回春節祭』の紹介は→http://ilha-formosa.org/?p=36311


「倒福」のステッカー。福の文字が逆さ。これは倒福(dăo fú)」が「到福(dào fú)」に通ずるからだそうです。
なお大阪中華学校では「福」は多く有ったのですが、倒福を見掛ける事が出来ませんでした。下の写真は同日、上海新天地(なんば)店内で許可を得て撮影したものです。
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大阪中華学校-春節祭-2011年2月6日(日)、台灣料理目当てに学校法人大阪中華学校(大阪市浪速区敷津東1-8-13)に参加して参りました。本日こちらの学校で『慶祝中華民国(台灣) 100周年国慶記念 2011年在阪華僑 春節祭』という催事が挙行されるからです。この春節祭には黄諸候 台北在大阪経済文化代表処処長(駐大阪領事館領事に相当)や竹本直一衆議院議員(自民党)等が来賓として出席されておられました。しかし私の目的は台灣料理。会場では台灣夜市に似た香ばしい空気が漂っており、出店で久し振りの台灣料理を堪能しました。この日は天候にも恵まれていて気温も温暖。会場では多くの知己にお会い出来ました。参加出来て良かったです。
10時半頃、春節を祝う爆竹でイベントがスタートした。


ひと、ひと、人。人波がすごいです~。

京劇の装束に身を包んだ皆さん。三国志演義でしょうか。
項羽・劉備・張飛・関羽そして孫悟空も大人気でしたが、支那史上の人物の登場にやはり台灣人は違和感を感じるそうです。

美味しそうです。写真以外の料理も頂いたのですが、食べる事に夢中になり撮影を失念。
 

 

 

 大阪中華学校正門入って右手に鎮座する孫中山(孫文)坐像

孫中山(1866-1925)は台灣で中国国民党が国父として、中国でも共産党が革命の先駆者として高く評価を行っている。辛亥革命100周年を銘打ったこの日の催事なのですが孫中山先生は完全に蚊帳の外、台灣料理の屋台テント裏でひっそりと佇んでおりました。なお台灣人にとり孫中山は台灣史とは無縁の人です。内戦で支那本土から流離した「自称 中国正統政権」を称する中華民国。その看板を引提げた中国国民党によって「国父」として今に至るまで台灣に“君臨”しているにすぎないのですね。
孫文の宋慶齢と、蔣介石の妻である宋美齢は姉妹。中華人民共和国建国後には宋慶齢は中華人民共和国国家副主席に就き、妹の宋美齢もまた蔣介石の威光のもと台灣で中国国民党要職に就任。平成15(2003)年まで米国N.Yで健在であった。同年10月23日死去、享年105歳(106歳説有)


中国共産党中央委員会の機関紙『人民日報』インターネット版ともいえる『人民網』2003年11月10日号にも「宋美齢氏 伝説の生涯」と題した評伝を残している⇒http://j.peopledaily.com.cn/cehua/20031110/home.htm


 なおこれは余談なのですが、先日(平成23年1月30日)共同通信記事に孫文の孫娘に当る方の訃報記事が掲載されていました。

【孫穂芬さん死去 孫文の孫】

孫穂芬さん(そん・すいふん)=中華民国建国の父、孫文の孫)台湾の中央通信社などによると、29日午後、台北市内の病院で、敗血症のため死去、72歳。
38年8月、中国上海生まれ。台湾メディアによると、米国の在上海総領事館の領事などを務めた後、香港でコンサルタント会社を経営。中華民国(台湾)建国100年の記念行事などに参加するため訪問していた台北で今月1日、交通事故に遭い、重傷を負って病院で治療を受けていた。(台北共同)


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