8月, 2011年

【御紹介】台湾人戸籍問題8・15街頭署名in靖國神社前(九段坂)【日本李登輝友の会】

2011-08-12
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【協力者を募集中!】台湾人戸籍問題8・15街頭署名in靖國神社前(九段坂)

◇8月15日、街頭署名in靖國神社前(九段坂) 協力者を募集中!
◇9月11日、シンポジウムを都内で開催

日本李登輝友の会は8月15日、靖國神社前の九段坂(東京理科大学)において、戸籍問題の街頭署名活動を行います。本会「台湾正名運動」ののぼり≪台湾は中国じゃない!≫が目印です。すでに名古屋では街頭署名を行っていますが、東京では初の街頭署名です。お手伝いいただける方を募集中です。ご協力をお願いします。

また、9月11日(日)には都内において戸籍問題のシンポジウムを開催します。登壇者は、中津川博郷(衆議院議員)、小礒明(都議会議員)、黄文雄(評論家)、林建良(メルマガ「台湾の声」編集長)、猪鼻嘉行(公認会計士)などの各氏を予定しています。

詳細は追ってメールマガジン「日台共栄」でご案内いたします。ふるってご参加ください。

【主催】日本李登輝友の会

◆ 法務大臣提出用の署名用紙
  http://www.ritouki.jp/suggest/koseki2011/syomei01.pdf

◆ アピールチラシ(B5判・両面)
  http://www.ritouki.jp/suggest/koseki2011/syomei02.pdf

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台湾は中国じゃない! 署名にご協力を 台湾出身者の戸籍の国籍を「台湾」にしよう!!

◆ 日 時:8月15日(月) 午前8時30分~正午

◆ 場 所:靖国神社に向かう九段坂(東京理科大学前)

*地下鉄「九段下」の出口から靖國神社へ向かう坂の途中、銀杏並木のところです。≪台湾は中国じゃない!≫の幟が目印です。

*お手伝いいただける方は、何時でも結構です。事前に日本李登輝友の会事務局までご一報いただければ幸いです。

*事務局では飲み物を準備しますが、ご協力いただける方は熱中症などへの暑さ対策をお願いします。

◆当日連絡先
:090-1269-3918(柚原)

【主催】日本李登輝友の会


【8月15日靖国にて】日本版台湾関係法制定を求める署名活動【日台関係正常化を求める会】

2011-08-11
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【8月15日靖国にて】日本版台湾関係法制定をもとめる署名活動

◇ 「中国による台湾併呑を防げ!8月15日靖国神社九段坂参道・日本版台湾関係法制定をもとめる署名活動のお知らせ」

【日時】平成23(2011)8月15日(月)9時〜17時位迄。ただし現場の状況により時間を短縮・延長する場合があります。

【場所】靖国神社九段坂参道東京理科大前歩道
(地下鉄九段下駅から靖国神社へ参拝する途中になります)
ただし、現場の混雑状況等により若干移動する場合があります

【主たる活動】
◇中国による台湾併呑を防ぐための日本版台湾関係法制定に関する請願のための署名活動

◇東日本大震災に対する88水災最大被害地高雄県小林村をはじめとする台湾からの支援に関する広報と感謝の活動

◇台湾人シベリア抑留者に日本人と同等の処遇・顕彰・感謝を日本政府に求める為のシベリア特措法改正の必要性に関する周知活動

◇台湾建国に関する周知広報活動

昨年8月15日靖國神社前で『日台関係正常化を求める会』から頂いた小林村メモリアル・ピンバッチ

【主催】日台関係正常化を求める会

【連絡先】
担当 萩原
070-5013-0397

 


馬英九中国国民党政権2年目、台灣で発生した台風8号による被害(八八水害)を報じる毎日新聞(平成21年8月15日)朝刊

同年8月7〜9日にかけての台風8号による「88水災」に於ける死者は619人、御遺体の一部が発見された方74人、行方不明者76人、被災者2万4,950人という甚大な被害となった。追悼のため14世ダライ・ラマ法王が8月30日から台灣を訪問したが、当初馬英九中国国民党政権は中国への配慮の為に入国を認めない方針であった。度重なる被害救済の不手際により翌月10日に内閣は総辞職した。


【御案内】靖國神社前で『感謝台湾、支持台湾、台湾人英霊を忘れるな」【活動8月15日(月)】

2011-08-09
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こちらは昨年、日台関係正常化を求める会の皆さんによる活動の様子。
東京メトロ「九段下駅1番出口すぐの場所。後方にイリハム・マハムティ日本ウイグル協会代表

■8・15靖国神社前「感謝台湾・支持台湾!」街宣活動
【時間】早朝から夕刻まで
【場所】靖国神社前―東京メトロ「九段下駅」1番出口を出てすぐの場所。
【内容】演説とチラシ配布
【主催】台湾研究フォーラム(当日連絡先:090-9332-1881)
【協力】台灣建國應援團

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靖國神社には大東亜戦争で日本の為に戦い、戦死された台灣人(当時日本人)の軍人・軍属28,000余名が御祀られになっています。
 
     
靖国通り、東京理科大学前の様子(平成22年15日(日)10:55)。
毎年多くの団体による活動が行われている。
参拝客の波。御参加の方々は休憩を取りながら、暑さ対策をお忘れなく。
九段下交差点北東側を撮影(H22.8.15 15:23)


【御案内】「守るぞ尖閣!!」Tシャツ 8月12日頒布開始。予約受付中≪拡散希望≫

2011-08-08
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『台湾は日本の生命線!』2011/08/07(日) 條より転載しました。
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1596.html
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「守るぞ尖閣!!」Tシャツ
 

■半袖 ■色 ライトブルー
■サイズ(S・M・L・XL)
幅 (cm) S50.8 M50.8 L55.9 XL61
長さ(cm) S66  M72  L74.5 XL77米国サイズにつき大きめ。
Lは日本サイズのXL、Mは日本サイズのLに近し。
■頒価 2000円(税込)
■送料 1着ー160円 2着ー320円 3着ー480円 4着ー640円 5着ー800円
金額を低く抑えるため、5着まではヤマトのメール便を使用(1封筒1着でお送りします)。
6着以上は宅急便を使用のため、地域ごとによって異なります(お問い合わせください)。
■取り扱い 永山英樹事務所(電話090-4138-6397)
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(予約方法)
1、mamoretaiwan@gmail.com
 宛てに、件名「尖閣シャツ申し込み」と書き、住所、氏名、電話番号、シャツのサイズ、数量をお伝えください。
2、下記の口座へ代金と送料をお振込みください。8月12日以降に発送します。
■ゆうちょ銀行 
ゼロサンハチ (店名〇三八) 
普通 0026650 
永山英樹事務所(ナガヤマヒデキジムショ)
■郵便局同士・郵便局窓口での送金
記号番号 10380-266501
永山英樹事務所(ナガヤマヒデキジムショ)
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台湾応援Tシャツ 友邦台湾を応援する日本人へ

台湾建国サポートTシャツも併せてどうぞ!
http://namitakasi.blog.fc2.com/
 

【転載】靖國神社昇殿参拝の御案内-西村眞悟前衆議院議員と共に-【御案内】

2011-08-07
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昨年の様子
【東京西村塾】西村真悟とともに靖国神社昇殿参拝

西村眞悟先生HP(http://www.n-shingo.com/)より転載

 ◇西村真悟との靖国神社参拝のご案内

 謹啓 猛暑の候、時下ますますご清祥の段、お喜び申し上げます。平素は格別格のご高配を賜り、厚くお礼申し上げます。
さて、西村真悟との8月15日靖国神社参拝のご案内をさせていただきます。是非ともご参加下さいますよう宜しくお願い申し上げます。


【日  時】8月15日(月)受付14:30~15:00
(参拝は15:15を予定)

【集合場所】靖国神社境内 参集殿前
*例年と場所が違います。ご注意ください!

【参加費  】500円(玉ぐし料として)
*おつりの無いようにお願い致します。

【お問合せ】西村塾本部(TEL:072-277-4140)

 *事前予約は不要です。直接集合場所にお越しください。
*昇殿参拝致しますので、それに見合った服装でお越し下さい。
*西村真悟も参加いたします!


第二鳥居の西側に位置する「神門」をさらに奥(西)へ進むと中門鳥居が、そして拝殿に至る


中門鳥居と拝殿。集合場所は写真右側(北側)に位置する参集殿との事です。


昨年の集合場所は大村益次郎銅像前でした。西村事務所の皆様、暑い中御苦労様です。


神門に掲げられている御皇室の十六八重表菊(十六菊花御紋)、簡素美の極致

靖國神社境内地図
 http://www.yasukuni.or.jp/precincts/index.html

 


【告知協力】8/15(月)英霊に感謝し、靖國神社を敬う国民行進【東京都千代田区】

2011-08-06
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靖國神社昇殿参拝後、英霊に感謝し日の丸を掲げ 粛々と行進致します。

【日時】8月15日(月)※雨天決行

【集合】
〇14時30分 靖國神社昇殿参拝(集合:靖國神社参集殿)/参拝料:1,000円

〇16時00分 錦華公園集合 ※お手伝い戴ける方は15時00分にご参集下さい。
(千代田区猿楽町1-1-2 御茶ノ水橋口・神保町駅A5出口より徒歩5分)

〇16時30分 錦華公園出発~俎板橋児童遊園(17時15分頃到着)
(東京都千代田区九段北1-1-1 地下鉄「九段下」駅徒歩3分)

【主催】
頑張れ日本!全国行動委員会・草莽全国地方議員の会・チャンネル桜二千人委員会・有志の会

【連絡先】
頑張れ日本!全国行動委員会 事務局
TEL 03-5468-9222/E-Mail
 info@ganbare-nippon.net

◇最新情報は→『頑張れ日本 全国行動委員会』HPを御確認下さい。
http://www.ganbare-nippon.net

【参考】昨年の参拝時の様子です。
靖國神社参拝記 8月14日(土)~15日(日)
http://ilha-formosa.org/2010/08/17/yasukunijinja814-815/

◇三ヶ月前に参拝した時の様子です。夕刻とはいえ毎年8月15日の事が幻のように静寂な靖國神社境内です。

靖國神社(Yasukuni Shrine)参拝①平成23年(2011)5月12月(木)16:30~

靖國神社(Yasukuni Shrine)参拝②平成23年(2011)5月12月(木)


 

【記事】宜蘭県が日本統治時代年代に日本の年号使用提案

2011-08-05
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 平成23年(2011)7月29日付 西日本新聞朝 より

■歴史教科書に日本の年号を 台湾・宜蘭県が政府に提案へ【台北・佐伯浩之】

台湾北東部・宜蘭県は、台湾の歴史教科書で使われている日本統治時(1895-1945年)の年代表記を、現在の台湾の年号「民国」や西暦から日本の年号「明治、大正、昭和」に改めるよう台湾政府に提案する方針を28日までに決めた。

 宜蘭県は「民国や西暦の使用は日本統治の史実を無視するもので、歴史を正確に伝える必要があると判断した」としている。一方、台湾の歴史学者の中には、教科書で学んでいる学生の混乱を避けるために日本統治時の年号は西暦のみの使用を求める声もあり、今後論議を呼びそうだ。

 台湾では、中華民国成立(1912年)を元年とした年号・民国と西暦が併用されている。メディアや宜蘭県によると、台湾の教科書は日本統治が始まる1895年以前は清朝の年号を使用。日本統治時は西暦を用い、終戦後は民国と表記している。学校の記録や校史では、日本統治時を民国と記載しているケースもあるという。

 同県は提案の理由について「日本統治の功罪は別にして、日本統治時の史実は中華民国と関係がないので、正しい歴史教育とは言えない」と説明している。これに対し台湾教育部(文科省に相当)は「提案は微妙な問題であり、提案書を見て回答する」と話している。

 宜蘭県は日本統治時、薩摩(鹿児島県)藩士、西郷隆盛の息子・西郷菊次郎が、初代の旧宜蘭庁長を務めたことで知られる。

 西暦645年の乙巳の変(イッシノヘン)後、日本に最初の元号(=年号、大意は同じ)「大化」が創設された。以降現在の平成まで247の元号が制定されている。

 元号自体は支那とその周辺国家で多く使用されていた。近くは琉球国で日本と支那の元号が併用されていたそうですが、20世紀に入り王朝の終焉とともに消滅したものとして李氏朝鮮「光武」、その後継国・大韓帝国の「隆熙」、越南帝国の「保大」、清の「宣統」、満洲帝国「康徳」がある。

また日本国内では朝廷の制定した年号以外の私年号の存在が多く確認されている。南北朝時代に南朝勢力が北陸で使用した「白鹿」や後南朝関係者が広範囲に使用したとされる「天靖」、応仁・文明の乱で、吉野奥・熊野で「南主兄弟」が蜂起した際に呼称した「明應元年」等、日本における私年号(偽年号・異年号・逸年号とも)は40例以上が確認されているそうです。

私の自宅近くにある観音寺(河内長野)蔵の『大般若経』奥書に、1395年に該当する年の記録として「興徳元年」という年号が記録されている。当時朝廷が定めた年号ではこの年が「応永二年」である事から私年号とされています。また「興徳」の使用例がこの一例だけであることから短期間、ごく狭い範囲で限られた人々の間で使用された私年号なのかも知れません。

また1895年(明治28)に清の官吏らが樹立した台灣民主國においても「永清」という清朝の願いが込められた私年号が使われたそうです。元号(年号)の本質的な意味を理解しておりませんが、政治権力がその治世(時間)を元号(年号)という形で掌握しようとしている様でとても興味深い。

 現在、世界では便宜上西暦を共通暦と使用する事が多く、日本もそうした国である。その一方で元号を使用し続ける事は、元号法(昭和54年6月12日公布施行)に於いて「元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める」と法制化されており、これは明治元年布告の「年號ハ御一代一號ニ定メ慶應四年ヲ改テ明治元年ト爲ス及詔」(略して「一世一元の詔」)を実質的に踏襲するものであるが、元号法の制定に伴い「一世一元の詔」は昭和54年に消滅した(との学説が有るそうです)。

現在は東南アジアの仏教国では仏暦が、サウジアラビアではヒジュラ暦(イスラム暦)が公式暦であり、複数の暦法が存在するインドでは1957年に統一したインド国定暦というものが制定されている。ユダヤ民族の国家イスラエル共和国は当然ながらユダヤ暦と呼ばれるものを公式の暦としている。

 御存知の様に台灣で西暦と共に使用されているのが民国暦である。辛亥革命の端緒となる武昌蜂起(1911年10月10日)によって、先述の清朝の元号「宣統」は廃止され、1912年1月1日からを新たに中華民国元年とした。この民国暦は大陸で創設され、国共内戦で中国国民党率いる中華民国が亡命先の台灣を実効支配するにあたり現在に至るまで使用しているのである。台灣の中華民国亡命政権の主張によると台灣は今年「民国100年」つまり中華民国建国100周年の年にあたるという。なお100年前の中華民国建国時、台灣は日本(大日本帝国)領土であった事はいうまでもない。つまり民国100周年を主張するという事は国共内戦で敗北し台灣に潰走せざるおえなかった中国国民党による台灣不法占領の問題に行き当るのだ。 

 中国共産党(中華人民共和国)・中国国民党(台灣の中華民国体制を主張)の両党は「日本は戦後、台灣を中国(中華民国を指す)に返還した」とするが、これは政治的主張で有り事実ではない。

 昭和27年(1952)4月発効のサンフランシスコ平和条約で日本は台湾に関する主権を放棄したが、その後台湾のその後の主権・領土的位置付けという点については「それを発言する立場にない」としており、また昭和47年(1972)9月の「日中共同声明」では中華人民共和国の「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する」という主張に対しては日本政府は「中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重する」としながらも、台湾が中華人民共和国の領土で有る事は承認していない。英米も同じく「中国の主張については認識はする、しかし承認はせず」との立場を保持している。

 サンフランシスコ平和条約の条文に台灣の地位についての規定がなされていないのである。1910年まで国家として存在していた朝鮮の独立が明文化されていたのとは対照的である。

日本国との平和条約(=サンフランシスコ平和条約) 

 第二条
(a)日本国は、朝鮮の独立を承認して、済洲島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する

(b)日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。               


ダライ・ラマ法王14世◆大阪特別講演◆ ◇高野山特別法話◇10月30日(日)〜11月3日(木・文化の日)

2011-08-02
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14世 ダライ・ラマ法王猊下(His Holiness the 14th Dalai Lama)が来日されます。

2011.7.10 ワシントンDCでのダライ・ラマ法王
2011.7.10 ワシントンDCで法話を行うダライ・ラマ法王。仏教僧として欧米での評価と人気は突出しており、国賓級の待遇が行われている。但し我が国は中国共産党への“配慮”から大変失礼な態度をとり続けている。常に日本政府は中国共産党に対して怯懦で卑屈な態度を取り続け恬として恥じない。


◆以下、青文字はダライ・ラマ法王の御言葉◇
 

〇はっきりと言っておきたいのは、私たちは皆同じ人間だということです。私も同じ普通の人間のひとりにすぎません。単に母から生まれた人間のひとりであり、信仰している人間のひとりであり、仏陀の教えに従うひとりであって、特別な人間ではありません。皆さんとどこかが違う、変わったユニークな人間でもありません。つまり、私たちの持っている可能性の面から考える限り、私たちは人間として成功し、良き人間となり、幸せな人間になるための全く同じ可能性を持っているのです。―2000年東京仏教講演「智慧と慈悲」より

 〇 貪欲のおかしな点は、満足を得たいということが根底にあるのに、欲しがっていたものを手に入れてもまだ不満足であるというところです。貪欲の解毒剤は、満足です。もしあなたがふだんからとても大きな満足感を味わっていれば、目的のものが手に入ろうが入るまいが、問題ではなくなるのです。  
 
 
14世 ダライ・ラマ法王が高野山真言宗系の高野山大学の招聘により五日間(10/30・31 11/1〜3)の講演を行われる為に17回目の来日を果たされる。14世 ダライ・ラマ法王猊下の高野山御訪問は昭和55年11月以来30年振りとなるそうです。真言密教とチベット仏教との邂逅です。
   

 初日は大阪市内(舞洲アリーナ)での講演「ダライ・ラマ法王 般若心経を語る-空から慈悲へ-」「人生の困難を生き抜く力」。31日(月)は、高野山に場所を移し高野山講演Ⅰ「ダライ・ラマ法王 青年僧と語る」。翌11月1・2日には「チベット密教 金剛界マンダラ灌頂」。最終日11月3日(木・文化の日)には、高野山講演Ⅱ「ダライ・ラマ法王と科学者の対話」と「高野山大学学長、ダライ・ラマ法王と密教を語る」というのが講演内容となっています。     

  初めて私がダライ・ラマ法王の存在に強い関心を抱いたのは、平成3年7〜8月の5週間チベットに滞在した時でした。当時は伊丹空港から上海〜成都〜ラサと空路を乗り継ぎチベットのクンガ空港へ入りました。そのチベットで、民衆から文字通り活仏としての尊崇の対象となられていたのがダライ・ラマ法王だったのです。ラサ市のバザールでは中国共産党が公認する形でパンチェン・ラマ10世の、そして規制をかいくぐる様にダライ・ラマ14世のポートレイトが販売されていました。一昨年(1989)3月に大規模なチベット人蜂起が起こっており禁制となっていたようです。またチベット入りする直前、法王の誕生日(7/6)に合わせてラサで小規模な反乱が起きていた事も後に知りました。

 チベット民族がインド亡命中のダライ・ラマ法王に対する尊崇の念というものは日本における天皇陛下に対するかそれ以上のものを感じました。そういった事から聖俗に於けるダライ・ラマ法王の権威の源泉の由来やチベットの宗教・文化・歴史に強い興味を持ったのです。その後陸路4,000kmをカシュガル(「新疆ウイグル自治区」)へと向かう事となるのです。ソ連保守派クーデターの発生時には中ソ国境付近に滞在していました。いつかまたこの辺りの事の詳細は書くかも知れません。 

 マザー・テレサには、1988年、イギリスのオックスフォードで開かれた会議の帰り、デリー空港で会いましたが、彼女も私が深く尊敬してやまぬ人です。彼女の比類ない謙虚さに私は深く心を打たれました。仏教的言い方をすれば、彼女はまさに菩薩です。

  ダライ・ラマ法王は他宗教との対話のみならず科学者との対話にも積極的な態度を示している。
 多くの仏教書以外の著作の中でも『ダライ・ラマ自伝』中央公論社は激動チベットの近現代史を記録したものとして必読です。同書での毛沢東・周恩来・ネール等の人物評価や仏教国タイと日本との国民性の相違を指摘する表現等が興味深く、巻末の資料も併せてチベット現代史を代表する第一級資料となっている。

 〇死や一生のはかなさについて深く考えると、私たちの心は自然と精神的成就に興味を抱き始めるようになりますが、ちょうどこれは、ごく普通の人が友の亡骸を目の当たりにしたとたん、何かに気付き始めるのと似ています。無常と死について瞑想することは、大変有益なことです。なぜなら瞑想することによって、はかなく無意味な行いに心が奪われてしまうことがなくなるからです。 


中印尼三国の国境の町・タクラコット(中国名:普蘭)の丘に聳えるシャパリン・ゴンパ(仏教寺院)廃墟
 グゲ王国(842〜1630)の中心地として栄えた。チベットの寺院・仏像そして仏教壁画等は文化大革命で壊滅的な被害を受けたが、このゴンパでは極彩色の壁画の一部が残存していた。撮影H3.8.12 

 

ラサで入手した法王の御写真 右上はパンチェン・ラマ10世

私たちの全て、抑圧者も友人も含め、全員のために、私は祈ります。
そうすることにより、生きとし生けるものの苦痛を、人間に対する理解と愛を通じて、和らげることができますように・・・より善き世界の建設に成功しますように。 1989年12月10日 ノーベル平和賞受賞スピーチより    
  

 ダライ・ラマ法王の言葉は平易でありながらも読み返してしまうのですが、この様な事をも言及されておられます(恐らく観衆からの質問にお答えになられたのだと思います)。    

〇ロマンティックな恋愛を追い求めることが、私たちのより深い精神の成長を促すとは考えられません。ロマンティックな恋愛を理想化するのは極端すぎます。それは、配慮と親愛に満ちた人間関係とは別のものです。幻影や成就できない夢などに近いものでしょう。従って、欲求不満の種子となります     

〇人はこのように感じることがよくあるでしょう。ああ、私のボーイフレンド(ガールフレンド)は本当にいい人じゃなかった、心のあたたかい人でもなかった、でもまだ私はあの人に魅力を感じている。このように、最初に感じただけの魅力に結びついた人間関係は信頼に乏しく不安定であるのは、一時的な現象に過ぎないものに依存しているからです。     

タシルンポ寺での「問答」の様子 H3.8.29


これなども是非とも紹介しておきたい言葉です。法王の著作には常々言及されています。人間の苦しみには原因が有り、それは“執着”なのだと。

〇あなたがたの友人たちに示す愛や慈悲心は、実際には執着心である場合が多いのです。この感情は、「全ての生あるものは幸せになり、苦しみを避ける権利を等しく有している」ということを理解したところより発したものではありません。この感情は、「私のもの」から発しています。
 
 例えば、「私の友人」、「私にとっていい何ものか」というところから出て来ているのです。これは執着心です。その友人なり誰かがあなたに対する態度を変えたら、あなたの彼(彼女)に対する親愛の情はたちまち消えうせます。その人が人類の仲間であり、苦しみを克服する権利を持っていることをシンプルに認めることによって、その人を思いやるべきです。ここが執着心と慈悲心の大きな違いです。真の慈悲心とは、健康的で理性に裏打ちされたものなのです。執着心は偏狭で捻じ曲がったものと言えます。   
   

眼光鋭いカンバ族の青年。勇猛さで高名、ダライ・ラマ法王のインド亡命時には彼等が護衛を行なった

〇自分の欠点に1つでも気付くことは、他人の百個の欠点に気付くことより、ずっと有益なことです。人の悪口を言ったり、人の生活に摩擦や不安を生じさせるような振舞いをするのではなく、 相手をできるだけ純粋に理解すべきですし、人のことを話すときには、その人の良い点について話すよう努めるべきです。
自分が誰かを中傷していると感じたら、自分の口に何でも押し込んでしまえばいいのです。そうすれば、すぐにそんな振舞いは やめられます。      

〇最も重要なことの一つは、慈悲の心です。慈しみの心は、ニューヨークの大きな店でも買うことはできません。機械でも作り出せません。しかし、心の内なる発展によってはじめて手に入れることができるのです。     

 ダライ・ラマ法王が私達に語る言葉は平易である。慈悲の実践が重要である事を説いている。しかし多くの人は、他者からの慈悲の実践を期待しているが、これが間違いの始まりであろう。慈悲の実践の主語とは「私」なのだ。

〇心の内なる平和と社会的調和を同時に体験するには、物質的進歩と精神的進歩が伴わなければなりません。心の内なる平和なくしては、心の安らぎが欠けていては、平和を保ち続けるのは不可能です。      

チベット高原での筆者(20年前)

  ダライ・ラマ法王がブッダの言葉を引用しておられる一文です。   

 〇怒りは、怒りによって克服することはできません。もし人があなたに怒りを示し、あなたも怒りで答えたなら、最悪の結果となってしまいます。それとは逆に、あなたが怒りを抑えて、反対の態度―相手を思いやり、じっと耐え、寛容になる―を示すと、あなた自身穏やかでいられるばかりか、相手の怒りも徐々に収まっていくでしょう。
   
 自分は一仏教徒にすぎないと語りながらも、若くしてチベット民族の命運を託されたダライ・ラマ法王の柔和で楽天家の表情に時折厳しい表情が浮かぶ事はよく知られている。   

 〇月の出ている夜は、月の光が同じく降り注いでいるチベットで監禁された祖国の人々のことを思います。私は、自分が亡命の身であろうとも、縛られることなく国民に自由に語りかけられることを感謝しています。祖国の人々のため、特にチベットの保護神観世音菩薩に祈りを捧げます。いつも山の要塞に閉じ込められている祖国の人々のことを思わずにいられません。 

0
『高野山大学創立125周年記念 -ダライ・ラマ法王14世◆大阪特別講演◆◇高野山特別講演◇』
公式サイト
http://koyasan-daigaku.rgr.jp/index.html
    

 

(注)一般の方のお申し込みは8月1日(月)から始まりました。仏教の教え・ダライ・ラマ法王そしてチベットに関心の有る方は必見、御早目の御予約をどうぞ。
 なお報道
によると法王は11月4日からは東日本大震災の被災都市(仙台市・石巻市)を慰霊訪問されるとの事です。   

【関連サイト】
ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
http://www.tibethouse.jp/home.html 



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  チベット仏教圏のみならず東南アジアの上座部仏教に於いてもブッダの化身、観音菩薩の化身とされるダライ・ラマ法王。私も決して失礼がない態度で参加したいと思います。


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